ノブくん竜さんシリーズ・小話
ピクブラにて開催の企画モノに参加した時の小話。

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味わうよりも甘くて優しい



●登場人物●
笠木 修宏(かさぎ のぶひろ)
西脇 竜治(にしわき りゅうじ)



「なんで今年に限って……!」
 笠木は苛々とした様子で、タクシーを待っていた。
 空港の出口から流れ出る水の様に排出された客たちが、それぞれの方向に進んでいく。空港線の方向へいく一定層、笠木の様にタクシーの列に合流する人たち、出迎えの幾人かに駆け寄る勢。その大半が長い空の旅に疲れた色を滲ませているか、もしくはリフレッシュできた満足感で晴れ晴れとしているかであった。その中でずっと眉根を寄せたまま腕組みしている笠木は、やや目立っていたかもしれない。
「午前のうちに着けたのはいいけれど」
 腕時計を見やる。短針と長針がそろそろ重なり合う頃だった。
「何も春節とかで混む時期にやらなくても良かったのに」
 中国からの観光客がくるピーク時は外したものの、年末年始並みに込み合ったラウンジにはうんざりしていた。

 つい数時間前まで、彼は海外のイベントのためマネージャーと共に分単位のスケジュールで動いていた。
「ちょっと、なんでこの時期なの」
 海外に行くこと自体はそう珍しくはない。日本のカルチャーが世界に認められ、時に笠木も歌手として呼ばれる。海外ファンに会えるのは素直に嬉しい。だが、それは今でなくてもいいだろうと今回ばかりは口にした。
「いえ、その、向こうでの映画の上映が決まったので、このタイミングを逃すわけには」
 判る、充分すぎるほど判る。主題歌は旬な時に、ここぞとばかりに売り込むべきなのだ。しどろもどろに説明するマネージャーが、普段から絶妙なタイミングで仕事をとってきてくれているのは身をもって理解している。しかしこの時期は、笠木にとって年に数回の大事なタイミング。毎年この日は外さずに、プレゼントを選んで、真っ先に大切な人に送っていたのだ。
「その……、笠木さんのご事情はとてもよく判るのですが……」
 マネージャーには、その大事な日には毎年絶対に仕事を入れるなとかたく言い渡している。その理由も説明している。彼の方も笠木の事情は、察している。しかしその一方で今回のイベント出演は、久々の大きなチャンスだった。長らく連載が続き、大好評のうちに完結した作品のアニメ映画化。日本のみならず、海外数か国での一斉封切り。日本の歌番組も何本も出たし、雑誌の取材も多くこなした。そして海外の映画祭から、音楽ステージへのゲスト出演のオファー。
「コロナ禍以来、ずっとイベントが下火で、その間に売り出したシングルは伸び悩んだじゃないですか。その分を取り返すためにも、今こそバンバン売り出していかないと!」
 マネージャーの言い分はもっともである。普段の自分なら、二つ返事で頷いた。だが、イベント開催が2月11日からの3日間。リハーサルやら移動日を含めると前後でさらに二日間、日本を離れることになる。
「ビデオレターとかさ、行かなくても参加できる方法は他にも……」
 代替案を幾つか出したが、すべて却下された。

「いいじゃないか、折角なんだ楽しんで来い」
 案の定、その話を聞きつけた恋人、西脇は止めるどころか背中を押した。
「でも……」
「デモもストもない。仕事なんだから、しっかりやり遂げてきなさい」
 笠木に甘い彼も、こういう時は先輩らしく、びしっと言い放つ。
 拗ねている間にも航空券の手配まで完了し、あとは身一つで行くだけになった。


(確かに楽しかったよ、久々に物凄い広いステージで歌えたから)
 海外ファンの笑顔にあおられ、いつもよりもテンション高めに歌いきった。映画の主題歌ではない曲もリクエストされ、数曲披露した。歌っている間は雑念がなかったから忘れられたが、ホテルに戻り、一人でベッドにもぐると無性に帰りたくなった。西脇の笑顔を、数日とはいえ見られないなんて。
「何いってんだ、日本にいたってオフが重ならなければすれ違いの生活なんだから」
 そういって記憶の中の愛しい人は、頭をそっと撫でてくれる。笠木と西脇は一つ屋根の下で生活はしているが、別々の事務所に属するため、互いのスケジュールで数日顔を合わせないこともある。相手が寝ている間に帰宅することも、寝ている間に出ていくこともある。しかし会えなくても、自宅には彼のものがおいてあり、そこにある生活感が自分に安心を与えてくれる。それがこの遠く離れた地では味わえないのだ。
 ホームシックになるにはもういい年だろ、そう言って、出発前に彼が渡してくれたハンカチを握りしめ、笠木はそれに顔をうずめながら寝るのだ。普段笠木はハンドタオル派で、ハンカチなど殆ど使わない。汗っかきなのでハンカチでは足りないのだ。それに比べ、西脇はスーツをよく着るため、かさばらないハンカチを沢山持っている。そのうちの一枚を貸してくれたのだ。
 ハンカチに顔をうずめると、西脇の匂いがする気がした。洗ってしまわれていたものなので、それは気のせいなのだが、うすい柔らかな布の重なりに、西脇の笑いじわが浮かぶ。
「早く帰って、会いたい」


 ようやくスケジュールをすべてこなして、無事戻ってきた。
「なのに、タクシーが全然こない!」
 いや、きてはいるのだ。それ以上に列が長くてなかなか乗れなかった。空港線に乗れば良かったかと今更悔いたが、デパートによるにはタクシーの方が都合が良い。大きな荷物もあるし、受け取る予定のものもある。
「はぁ……」
 戻ってきた日本は、出発前よりも冷え込んでいる。白い息が、むなしく宙に散った。


「お帰り、お疲れ様」
 玄関をあけた瞬間、瞼をとじなければ会えなかった笑顔が立っていて、笠木は思わずしゃがみこんでしまった。慌てて差し出す西脇の手が、大きくて温かい。
「ただいま、竜さん」
 苛々は、淡雪のようにすぅっと消えてなくなった。

「ハッピーバレンタイン!」
 部屋に、グラスが軽くぶつかる音が響く。
 荷ほどきは後回しにして、着替え終えた笠木が部屋から出てくると、テーブルには西脇が用意していた夕食とワインが並んでいた。一日遅れのお祝いに、笠木はごめんと呟く。空港からタクシーを飛ばして、横浜のデパートへ。実は海外行きが決まる前から予約していたものがあった。
「前に取材で知り合った記者の人がおすすめしてくれたお店でね、チョコレートケーキが美味しいんだってさ」
 少しビターなカカオたっぷりのホールケーキだった。海外でお土産を選ぶ時も、バレンタインを意識してチョコレートを考えたが、試食したら予想以上に甘くて断念した。日本のチョコレートの方が、やはり自分達には合っている。派手なラッピングよりも、鮮やかなトッピングよりも、馴染んだ味が恋しい。
 それに、西脇は甘いものが特別好きということでもなかった。笠木は甘いのも辛いのもどちらも好きだが、西脇は何でもよく食べるがそれほど食べ物に拘りも執着もない。おっさんだからな、などと自虐的に言うが、おそらく本当は健康に気を使っているのだろう。そんな彼も、バレンタイン、誕生日、クリスマスであれば、甘いケーキも食べてくれる。何より、笠木が贈るものを拒みはしない。
「バレンタイン当日に受け取りにいく予定だったけれど、一日後倒しにしてもらったんだ」
 バレンタインを過ぎたからか、いつもは殺到していた店舗も少し客足が落ち着いていた。本来なら、バレタインが過ぎると販売されない商品であったが、すでに予約をしていたので対応してもらえた。
 SNSにアップする為に数枚写真を撮った後、適当に切り分ける。
「ちょっとこれ、多くないか?」
 夕食後のデザートにしては、笠木がカットしたケーキは豪快である。
「これくらい、いけるんじゃないの?」
 そういって、彼はスプーンでひと掬いし、西脇に差し出す。
「ほら、あーん……」
 素直に開いた彼の口に、そっとケーキを運ぶ。
「なるほど、これは美味しい」
 少しほろ苦いココアがたっぷりまぶされ、しっとりした生地の間には甘さをおさえたチョコクリームと酸味が凝縮されたラズベリーがたっぷり詰まっている。
「おすすめされただけあるね」
 笠木も自分の分を頬張り、取りにいったかいがあったと満足そうだった。大きすぎると思われた一切れも、あっという間に二人のお腹におさまり、残りは明日の楽しみにとっておくことにした。
「ノブ、ここにクリームがついている」
 夕食の皿を流しに運んでいると、西脇がちょんちょんと自分の頬を指でさす。
「チョコだけに、ちょこっと付いている?」
 肩をすくめてそう返すと、西脇がふっと息をふくような笑い声をもらした。頬を指でたどる彼に、そうじゃないと西脇が手首をつかむ。
「……だったら竜さんが舐めて、クリームをとってよ」
 場所が判らないからと甘える笠木に、彼は一瞬戸惑ったように動きをとめたがやれやれと目を細める。掴んだままの笠木の手首を引き、身体を傾けると触れるようなキスで頬を唇が掠めた。顔を離すと、今度は笠木の方がびっくりした顔をしている。
「まさか本当にしてくれるとは思わなかった」
「あのな」
 いちゃいちゃするのは、いつも笠木が仕掛ける側だった。西脇は自分から何か甘えたり、ねだったりすることもないから、恋人らしい雰囲気にもっていくのはいつも笠木の方からだったのだ。
(あれ、もしかして竜さんも俺のこと恋しかったのかな)
 数日とはいえ、家をこんなにあけることは最近なかった。自分ばかりが淋しいつもりでいたが、西脇も少なからず同じ思いをいだいていたのだろう。
「竜さん、今日、もしかして髭そってない?」
 帰宅した時からうっすら感じていた違和感に、ようやく気付く。起き抜けでもないの、彼に生えた中途半端な髭。毎回朝にきっちり髭を剃る人にしては珍しい。
「もしかして俺が今日帰ってくるって事で、一日中そわそわして、髭すら剃るのを忘れた?」
 西脇は何も言わず、笠木を抱き締めた。頬を寄せると少しちくちくとした髭の感触が、なんだか心地よい。チョコレートよりも甘くてあたたかい西脇の匂いに、笠木は背中に回した両手に少し力を込めた。密着した身体で、西脇の存在を改めて確認する。一人ベッドで思い出す曖昧な輪郭でなく、確かに生身の人の感触。
 いつもは少しビターな西脇も、今日は少し糖度が高めか。口の中に残る味よりも甘くて優しいぬくもりに、笠木は目を伏せる。

 あぁ、ようやく自分は帰ってきたんだな。



 終わり










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