ノブくん竜さんシリーズ・小話
ピクブラにて開催の企画モノに参加した時の小話。
もうそれは家族、そして恋人
●登場人物●
笠木 修宏(かさぎ のぶひろ)
西脇 竜治(にしわき りゅうじ)
「毎度のことだけど……、本当に迷うよなぁ」
駅に併設するデパートの専門店街。沢山の人達が色とりどりの商品に目移りする中、笠木修宏も例にもれず決めかねていた。
「ネットで見ても全然決まんないから、店舗で買おうと思って来たのに」
ぶつぶつと呟きながら、笠木は肩を落とす。現物を見るといずれも甲乙つけ難く、余計に選択肢が増えてしまった。
(結局、何を選んだって竜さんは笑顔で受け取ってくれるんだろうけどさ)
自分の為に選んでくれたという気持ちが大切だと、過去に言われた。受けを狙って突拍子もないものを贈っても、怒ったり不満を言うような人ではない。それは判っている。
「それでも他人と被るのは嫌なんだよ」
数日後にやってくるバレンタインデー。毎年決まった店の決まったものを贈る人も居る。しかし笠木にとっては、誕生日やクリスマスに次いで特別なイベント。いや、一ケ月後に相手からのお返しが貰えるという意味では、クリスマス以上かもしれない。
ふと左手に目を移すと、洋酒入りの高級チョコレートが目に入った。だいぶ前に、そういった類の物を贈ったことがある。仕事関係の人から、自分もウイスキーボンボンを貰った事もあった。それはそれで良い。
(だが、違う。そうじゃない)
酒が入っていようが、チョコレートの一種。酒を嗜む相手には、やはり酒自体が良いに決まっている。そして酒を贈るなら、別にバレンタインに限らなくても良い。何より相手は、酒豪というわけでもない。自分も含め、健康に気付かう年齢でもあるのだ。
「いや、それを言ったらそもそもチョコレートに限らず、甘い物全般、健康とは相容れない存在だよな」
考えれば考えるほど、何がふさわしいのか判らなくなる。チョコレートは付録程度で、ネクタイがメインの商品も並んでいたが、ネクタイを贈るならやはり相手に選んでもらった方が満足度は高いだろう。ネクタイを自分のセンスで選んでしまうのは、普段する機会のない女性ならではの発想では?などと思ってしまう。
手にしていた商品をそっと戻し、笠木はもう少し先まで見ても回ろうと思い直す。
(そういえば……)
改めて周囲を見回すと、男性の姿がちらほら見える。数年前からバレンタインコーナーに増えてきた印象だ。
かつて日本にバレンタインの習慣が入ってきた当初は、女性から男性に贈るものというふれこみでチョコレートが商品戦略として推し出された。海外では男性が女性に贈るという習慣もあるにもかかわらず、だ。日本の古風な考え方から、大人しい女性が、この時期のブームにのっかって好きな相手に勇気を出して告白する、そんなCMも多数つくられた。毎年出る新商品は、明らかに女性の顧客をターゲットにしていた。
甘い物、かわいいものは女性が買うもの。そんな暗黙の了解みたいな固定観念が、少しずつ崩されたのはいつからだろうか。
(そういや、硬派な俳優がバラエティでスイーツ好きを公言するようになった辺りから、世間の反応も変わってきたよな)
それまで大の酒好きで知られていた彼は、ファンから贈られるバレンタインのギフトもチョコレートより圧倒的に酒が多かったという。
「だから自分で直接いって、自分用のチョコを選ぶんですよ」
デパ地下通いが楽しみだと笑う彼の元に、翌年からはチョコレートが山ほど届くようになったらしい。
「有難うございました」
各店舗、そろそろ売切れや完売の文字が出始めていた。笠木は人ごみを縫うようにゆっくりと歩きながら、すれ違う男性客の手にしている紙袋をちらちらと見ていた。書いてあるブランド名の店の前まで行ってみる。彼らは誰に贈るために買っていったのだろう。それとも自分用に選んだのだろうか。ガラス越しに並ぶそれらに日常とは違う空気を感じたが、受け取る相手の姿を思い浮かべられず、彼はその場を後にした。華やかなギフト、可愛らしいラッピング。どれもが、西脇に差し出す時には色褪せて感じるのだ。かといって、武骨なチョコレートというのも芸がない。
(わざわざ都心まで行ったのに、結局何も買わなかった)
通勤ラッシュになる前の夕方の時間帯。心地よい振動に背を預け、笠木は目を閉じる。線路の継ぎ目の度に軽く上下する身体が、次第にシートに沈んでいく。
「ねぇ、今日の出来どうだった?」
「割と答えられた気がするけれど、わかんないな」
向かいの席だろうか。女子高生と思しき制服姿の二人組が乗っていたのを先程確認している。小声で話しているが、聞くつもりはなくても内容はしっかりと聞こえていた。
「一緒に通えたらいいね」
その言葉に、いまが受験シーズンでもあることに気が付いた。
学生時代、受験勉強、随分と遠い昔の記憶である。高校で組んだバンド仲間とは、みな進学先はバラバラだった。プロを本気で目指していた笠木にとって、勉強などは二の次だった。とにかく東京へ出る口実が欲しくて、大学の進学を選んだ。仲間の中には、地元で家業を継ぐ為、卒業と共にバンドを辞めると言い出した者も居た。
(あいつ、どうしているかな)
今も、商売を続けているだろうか。
先月は帰省をしていない。その前の盆は、休みが多くは取れず、実家に一泊がやっとであった。地元の友人に約束を取り付けることもなく、帰った。
「次は────駅……」
車内アナウンスに、笠木ははっと目を開ける。記憶がやや飛びかけていた。慌てて窓の外を見やり、目的地の少し前の景色だと確かめる。
「乗り過ごさなくて良かった」
サラリーマンと違い毎日職場へ通うため、公共交通機関を使うわけではない。タクシー移動の時もあれば、迎えがくることもある。
改札を出ると、家までの道のりをゆっくりと進む。
バレンタインまであと数日ある。明日また考えようと自分に言い聞かせ、空を見上げた。五時の鐘が商店街に響いている。
「暗くなるの、早いな」
建物で夕日は見えないが、西の空に紅から紺色のグラデーションが続いている。冷えた空気に、点在する星が映えていた。今朝、笠木が起きた時には既に西脇は仕事に出て居たたため、顔を合わせていない。昨日も帰りが遅く、眠った後にぼんやりと彼が帰宅する音を遠くきいていた。
(ここ最近、すれ違うなぁ)
同じ家に居ながら、生活時間が合わないことは多々ある。それでもこんなバレンタインの時くらいは、二人だけの時間が欲しい。
「ラスト三つです、いかがですか?」
前方から若い女性の声が、風にのって届いた。寒い中、店の前にテーブルを出して何か販売しているようだった。
(そういや此処、コンビニだったところ)
去年の暮れに閉店の張り紙をしていた場所だった。もう次の借り手が決まっていたのか。時の流れは早い。エプロン姿の売り子の明るい声に、ちらと卓上の物を横目で見て通り過ぎようとした。しかし飛び込んできたチョコレートの文字に、思わず足を止める。
『手作りプリン《期間限定ビターチョコレート味》』と手書きポップがあり、小ぶりの瓶が三つ並んでいた。
「いらっしゃいませ。手作りプリンはいかがですか?」
牛乳瓶をデフォルメしたような広口瓶から、ココア色が透けて見えた。瞬間的に、彼はこれだと感じていた。
「ただいま」
笠木が帰宅してから一時間ほどして、西脇も帰ってきた。一緒に暮らすようになってから、先に帰った方が夕飯を作る。ゆるいルールだった。
「今日、収録先で貰ったんだ。一緒に食べるか?」
そう言って、西脇は小さな紙袋をとんとテーブルに置いた。
「竜さん、バレンタインチョコもらったの、今年はそれが初めて?」
真顔できく笠木に、あぁと短く答え、彼はコートを脱ぎながら奥の部屋へと歩いていく。
「それ、もう食べた?」
「お前と一緒に食べようと持って帰ってきたんだ。中を見てもいないさ」
「良かったぁ」
安堵の表情を浮かべるその様子に、西脇はまたくだらない競争意識かと目を細めた。去年の今頃、やはり仕事現場で女性スタッフからチョコレートを貰った。しかしその時は今回のような手渡しではなく、その場にいた関係者全員に、男女の区別なく配られた義理チョコだった。一粒のチョコ、まさかそれだけを持ち帰るのもおかしな話で、皆その場で口にした。
「竜さんのバレンタインは、俺からのチョコを真っ先に食べて欲しかったのに」
帰った途端、話を聞きつけた笠木が拗ねて抱きついてきた。
「無茶をいうな」
勿論本気でそのスタッフを恨んでいる訳もなく、子供じみた独占欲だという事は笠木自身が理解している。それでも西脇竜治の一番は、常に欲しいのだ。
スーツから普段着に着替え、戻ってきた西脇は、台所で手を洗う。そして用意された食事を前に、いつもの席に着く。
「いただきます」
二人揃って箸をとる。買ってきたお惣菜と炊き立てご飯。そしてあたたかいお味噌汁。ラジオやテレビ、レコーディングなど、時間はどれもバラバラにスケジュールを組まれる。仕事柄、常に自宅で食事をとれるとは限らない。それでも二人は、出来る限り家で食事を共にするよう心掛けた。
それは西脇がいった言葉に端を発する。
がむしゃらだった若い頃とは違う。無理をしてでも仕事を詰め込んだ頃とは違う。今は仕事をしっかり管理できる立場のなった。
「家族は……そう、出来るだけ一緒に過ごす。そうあるべきだったんだ……」
二人で暮らすという事は、家族になるということ。自分の気持ちを受け止めてくれた時、西脇がぽつりと零したその言葉を、笠木は忘れられずにいた。
忙しさにかまけて傍に居てやれなかった。かつての大切な家族に対する、西脇の後悔の表れだった。
食事を済ませ、後片付けを終え、二人でソファに腰掛ける。テレビを見ながら三十分ほど過ぎた頃、笠木が立ち上がり、お茶のおかわりが必要かどうか確認してきた。いつもはそれぞれが勝手に飲み物を持ってくる。珍しいと思いながらも、西脇は頷いて差し出された手に自分のカップを渡した。
やがて戻ってきた笠木は、カップ以外に見慣れぬ白い箱をテーブルに置いた。
「何か、買ってきたのか?」
ケーキでも入っていそうな紙箱から取り出したのは、七~八センチほどの高さの瓶だった。
「駅前の商店街に、先月まで空き店舗があったでしょ?」
笠木は腰をおろし、二月からオープンしたプリン専門店の話を始める。朝早くか、夜遅くにしかその前の通りを通らない西脇も、店の事は初耳だった。
「本当はね、バレンタインチョコをずっと探していたんだけど。どれもピンとこなくて」
笠木は西脇に手を出してと言い、彼がその通りにすると、瓶をその手に乗せてあぁやっぱりと笑う。西脇の厚くて大きい両手におさまる瓶は、どんな高級チョコレートよりも、笠木の思い描く幸せの構図に近い。強面だのヤ〇ザ顔だの言われる西脇だが、誰よりも家庭的な雰囲気を好み、そして素朴なものが似合うのだと、親しい人間なら誰もが気付くだろう。何より、メディアでは見せない表情を幾つも見てきている笠木にはもう、西脇は可愛い年上の恋人以上の何者でもない。
「なんで三個買ってきたんだ」
二人に一つずつ。そして箱に残るもう一つ。
「期間限定だし、ラスト三つって言われたもんで」
限定ものにやや弱い自分が居る。寒い中、売り子をしている店員さんのために早く完売させてあげたいという想いもあった。三個目を半分こしたい気持ちもあった。
「確かに、美味い」
手作りというだけあって、既製品にない温かみがある。それでいて濃厚なチョコレート味が口に広がった。そして見た目ほど甘すぎない。小さめの瓶がやや物足りないと感じさせるが、夕食後の二人にはかえって適量だったかもしれない。
「本当は二月十四日までとっておこうか迷ったけれど、よくみたら賞味期限が十二日までってあったし……」
何より、今年最初のバレンタインをプレゼントするなら、今日こそが、二人こうして一緒に居る今がふさわしい。バレンタイン当日は、互いに仕事が入っていた。帰る時間は予測できない。
「残り一つも、いま分けて食べちゃおうよ」
西脇の返事も待たず、彼は残りの瓶を手に取り、蓋を外す。
「はい、竜さん」
スプーンで軽くすくって、相手の口元に近付ける。
「いい年して、普通やるか?」
口では呆れながらも、西脇もしぶしぶ口を開ける。以前は眉根を寄せて拒んでいた彼も、しつこく諦めの悪い年下の彼氏の性格を充分すぎるほど学習してきた。笠木も慣れた手つきで、相手が食べやすい適量を、食べるペースに合わせて差し出す。
「はい。じゃあ、残りの半分は俺に」
瓶を手渡し、今度は自分が待ちの体勢をとる笠木。
「はいはい」
面倒臭そうに、西脇はスプーンを持ち直す。こんなやりとり、昨今のカップルとてそうはしないだろうに。今までの人生で、他人に食べさせたり、食べさせてもらったりなどのやり取り、病気で寝込んだ時ですら覚えがない。それが笠木と暮らす内、何度されて、何度させられたことか。
「はい、おしまい」
最後の一口を相手が飲み込んだのを見て、西脇は瓶を片付けようと箱に戻す。そして立ち上がろうとした。しかし素早く笠木がその肩を掴み、ソファに沈める。
「まだ、足りないな」
自分に覆い被さる笠木に、西脇もその後の行動をすぐさま予想して、気付かぬ振りで押し返す。
「デザートは足りない位が丁度良いんだよ」
拒む手首をきつく吸って、笠木は口の端を上げる。
「もしここのプリンが気に入ったなら、今度は二人で買いに行こうよ」
とろけるプリンより甘ったるい声音でささやかれ、西脇は下唇を少し噛んだ。少し意地悪な笑みを浮かべる時の笠木は、かなりその気になっている証拠。いつもの少し頼りない後輩の顔ではなく、西脇を翻弄する恋人の顔に変わっている。嫌だとは思わないが、西脇にはいまだに見慣れない変貌なのだった。
「期間限定じゃなくてさ、普通の味のプリンも試してみたいじゃん。ミルクプリンが売りらしいから」
笠木は相手の頬を片手でするりと撫で上げる。ぞくりと西脇は肩を震わせた。
「洗った瓶を次に行った時に返すと、一個につき十円値引きした価格で買えるらしいし。そういうエコなところも、気に入ったかなって」
買い物をしてきた店を淡々と語るだけの内容なのに、耳元で声を抑えてぼそぼそと話す様が違う意味を含んで聞こえた。頬から降りてきた指先が首筋をなぞると、西脇はいっそう身を固くする。笠木は、掴んでいた西脇の手首を開放してやり、かわりにその手を柔らかな彼のシャツの裾から忍び込ませた。ひんやりとした指先が、西脇の体温を奪うようにして熱を帯びていく。
「こら、こんなとこで……」
制止の声を、笠木は相手の口をふさぐことで抑え込む。舌先に感じるチョコレートの微かな味が、自分の甘さなのか、相手のものなのかもう判らない。まだテレビもついたままの状態だったが、ソファは既に二人のベッドと化していた。
「ねぇ竜さん。今度のオフ、重なったらさ。一緒にプリン買いに行こうよ」
散々相手の口内を舌先で味わった後、笠木が目を細めた。この店だけではない。色々な場所を見て回りたい。ただ買い物に行く。そんな普通を重ねていきたい。
「そんなこと、今いわなくたって、一緒に行ってやる」
恥ずかしさをごまかすように口元を手の甲で拭い、西脇は目を逸らした。いつの間にかシャツの前ボタンをすべて外されていた。しかし寒さを感じないのは、ぴったりと笠木が身体を寄せているせいだろう。
紙箱に貼られたシールが視界に入り、西脇は観念したように肩の力を抜いた。シールに書かれたハッピーバレンタインの文字で、相手が毎回この時期に特別感を欲しがっている事を思い出す。イベント毎が好きな彼にとって、本当なら十四日の当日に、仕事さえ無ければ、自分とずっと二人きりで居たがるだろう。
「ノブ、判ったよ」
両手を彼の首に回し、抱き着くようにして引き寄せた。
「竜さん!」
すぐさま嬉しそうにズボンに手をかけた彼を、西脇は慌てて「待て」といって額にキスをする。
「こんな狭いところでやったら、明日の俺がつらくなる」
以前ソファで抱かれて、翌日、立てなくなるほどきつかったことを思い出す。
「ベッドに……連れていってくれるんだろう?」
そういって、西脇は自分の上唇を舌で軽く舐めた。よくある、食べ終わった後の何気ない動作に過ぎない。しかし組み敷かれた相手がすると、どうしてこうも艶かしいのか。
相手に対し何かというと可愛い可愛いを連呼する笠木だが、こういう時の西脇は年上の余裕なのか、手数が多そうな経験値が滲み出る。先程まで指先一つで戸惑っていた彼は、一度腹をくくると、がらりと表情が変わる。笠木の愛しい相手という以前に、西脇は男であり、年上であり、シンプルに人生でも業界でも先輩なのである。
(あぁ畜生、こういう時の竜さん、悔しいけれど格好良いんだよな)
その本音も、第三者が聴けば先程と変わらず惚気にしかならない。
笠木は溢れ出そうになる焦がれにも似た想いをぐっと堪え、西脇の手を取り、その身を起こしてやると微笑んだ。
「……勿論、仰せのままに」
その気になってくれた相手を、この後それ以上どうやって夢中にさせるか、いま必死に思い巡らせながら。
終わり
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